カテゴリ: 廃墟

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中部地方某所にある宗教施設兼旅館の廃墟へやって来ました。

この辺り一帯、温泉施設、ボーリング場、ドライブイン、レストランなどの数々の娯楽施設が立ち並んだ場所となっていた。(廃業時期は不明)

入口付近にはバリケードや人感センサーなどがあり、厳重に管理されていました。

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建物内部。入口から最初の所には創設者と思われる木彫りの銅像がありました。

屋根が抜け落ちて雨ざらしになっているのか、至る所カビだらけになっていました。

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こちらは管理部屋でしょうか、各部屋の鍵や備品などがあるくらいで残留物はやや少なめ。

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管理室の撮れ高は達磨くらいですかね。これも雨の影響をもろ受けてるのかボロボロでした。

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館内のロビーです。赤い絨毯に洋風のシャンデリアがあるオシャレな作り。

全体的にカビ臭さがあるものの 、木漏れ日がとても綺麗で僕は1番好きな空間でした。

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壁には達磨のような張り紙があります。

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客室にやってきました。各部屋和室の作りの所ばかりでしたが、ベッドがある部屋が1つだけありました。

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部屋数は2階も含めて15部屋くらいあった記憶がありますが、どの部屋も畳が真っ黒になり苔やキノコが生えてるような状態でした。

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そして2階に上がるとかっこいいマッサージチェアが置かれていました。

崩壊した部分と木漏れ日がいい感じに演出していて、めっちゃくっちゃ好きでした。

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廃旅館らしい廊下。差し込んだ光で明るかったのですが、雨の日には絶対に行きたくないです笑


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ショーケース越しの銅像。時間が余ったのであらゆる角度から銅像を撮影してました笑

この廃墟自体知られるようになったのが割と最近で、人為的な破壊が無いものの1年前の写真と比較しても、かなり朽ち果ててしまっているので時間の問題なのかも知れません。

崩壊のスピードが早い上に、これ程の面白いジャンルの廃墟は中々に無いと思うので、行くなら早めの決断をオススメします。

今回はネットに情報が出回らないかなりレアな廃医院の紹介です。

かなり古い物件なので崩壊が酷く原型を保ちつつある部屋が幾つかありました。


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崩壊の具合は部屋ごとに異なりますが、メインの部屋がある診察室や事務所は綺麗な状態を保っていました。

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屋根が崩れ光が差し込む待合室。

生憎の梅雨の時期でしたが運良く光が差し込んでいました。

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待合室室のすぐ隣りにある診察室。

窓にはビニールシートが被せられていますが、室内には青い光が差し込みノスタルジックな空間を作り上げていました。

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診察室の机にはシレッとモンブランの221があったりと廃墟では中々見ない残留物がチラホラと。。

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部屋の端には診察用のベッド。

ホコリがかなり被っていたのが印象的で当時のまま残されています。

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碧い窓枠と木製椅子が目立つ先生だけが入れる小さな空間。

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現物を初めて見ましたが薬瓶が棚にずらりと並んでいました。

廃医院の中でも盗難に合わずにここまで残っているのも中々レアだと思います。

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続いては青のレースがかかった事務所にやって来ました。

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開かずの引き戸。

錆び付いた南京錠よ引き戸との相性がかっこよかった。

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色なき分娩室。

壁や屋根は煤で覆われていてこの部屋は特に寂しさを連想するような感覚になりました。

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象型の新生児体重計。誰かが触ったのか取っ手部分が外れていました。

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別館の入院棟。

2階部分と1部の部屋は竹の成長と共に建物が分断され、崩壊していました。

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入口を入って階段のすぐ近くには古い保育器。

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二階に上がって唯一残っていた病室には布団が山積みになったベッドがありました。

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入院棟の2階部分から見た全体像。

この画角に写っている建物の他に別館があるのでかなり大きな医院だったと言う事がわかります。

部屋事に崩壊の具合は異なりますが、人の出入りが多くなったり大雨や災害が起こると倒壊するのも時間の問題かもしれませんね。今回は死ぬ気で見つけた場所なので崩壊するまでに行けて良かった。

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今回は岐阜県の恵那市にある恵那峡ロープウェイについての紹介です。

恵那峡ロープウェイはかつて、現中津川市の蛭川駅と恵那市の恵那峡駅を結んでいた索道だったみたいです。

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ロープウェイの駅舎は小高い丘の上でひっとり
と廃墟化が進んでいる為、少し分かりにくい場所にあります。

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まずは1階、閉鎖されて20年で建物内の壁や床はボロボロの状態でした。

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奥に進むと当時の案内図が書かれた絵や、1997年に新しいシステムが設置されるまでの27年間使われていた運転制御盤が残されていました。

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ロープウェイの改札口。1階は特にカビやホコリの匂いが強かったので長時間の探索はオススメ出来ないです。。

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ロープウェイ乗り場の階段からは現在の恵那峡ランドが見えます。今はコロナウイルスで閉園しているみたいですが....。

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改札口を抜けて階段を登ると、かつて運用されていたシルバー号が残されていました。

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ロープウェイのイメージだと四角い箱状の物が多いと思います。円形のロープウェイは珍しい形をしていてフォルムが近未来的と言うか宇宙船のような作りでした。

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ロープウェイ乗り場の右側にはもう1つシルバー号と同じ形のゴールド号があったらしく、現在は蛭川駅側に残されているようです。

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ロープウェイ乗り場の奥には監視室と機械室がありました。(機械室は暗すぎて写真は取れなかった)

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恵那峡ロープウェイは解体の話しを1年前から聞いていて、今回の探索で無事にシルバー号の生存を確認出来たのが1番の感動でした。

岐阜県美濃市にある廃医院の中では1番有名な廃墟の須原村診療所(S診療所)に行ってきました。

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場所は有名になってしまったので隠す必要が無くなりましたが、写真の須原神社と言う奈良時代からある白山信仰の神社の奥に進むと目的の診療所がある道に辿りつけます

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道中には須原診療所と同じくらいに有名な神の住む家もあります。
ここは神主家の分家の子孫が暮らしていた家と言われていて、2006年にブログなどで話題となった
昔の写真と比べても圧倒的に残留物が少なくなって荒れ具合も凄かった。

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そして目的の診療所がある道は竹や草が邪魔をして初見だと分かりにくい場所にあります。

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建物の全体は1部木材の山と化していて入口部分は殆ど崩壊していました。

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診療室は入口からは入れず窓から侵入する事が出来ました。

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ここの部屋自体完全に崩壊したって言う話を聞いて以来8割以上諦めてた部屋で残っているのを見た時は涙が出そうでした

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これだけ崩壊していても椅子の朽ち具合といい窓枠の感じといい崩壊した部屋の雰囲気がめちゃくちゃ廃墟美だったなあ。。

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診療室にある分娩台の足のせ部分は2019年の4月頃に盗難が確認

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薬品部屋は跡形もなくすっからかんでした。
これも2014年頃に盗難が発覚して後にヤフーオークションにて出品が確認したみたいです。

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この部屋自体屋根が抜けて雨風がもろに受ける場所なので持って1年と見といた方がいいですね...。

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二階部分の崩壊で雨風が直に来ている状態で痛みが激しく建物自体屋根が思っている以上に限界が来てます。

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須原神社大御神という壁かけや、有名な健全ナル国民ノ診療所と呼ばれるきっかけとなった張り紙を探しましたが流石に見つけれなかった。
空き瓶は建物の外で1つ見つけたくらいで奇跡的に割れていない状態で見つけました。

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須原村診療所は元々は大正10年にO医師と言う明治39年に医師免許を取得した医師によって建てられた診療所らしいです。100年近く歴史のある診療所でブログの影響が無ければ程崩壊のスピードは早くならなかったのかなって気持ちはあって正直複雑でした。

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時山第一発電所の場所・歴史

岐阜県大垣市上石津町時山にある発電所の廃墟

白亜の迷宮で有名になった巨大廃炭鉱の白石鉱山が電力確保の為に開設したらしい。

開設時期は1940(昭和15)年運用開始とも、1921(大正10)年竣工で1939(昭和14)年に時山第一発電所と改称されたとも言われる。

1976(昭和51)年に廃止

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国道139号線を道なりに進んで行くと白石工業株式會社と掘られた記念碑があるのが分かる。


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石碑から目的地へと向かう道中にコケに溢れた橋があります。

橋からは静かな渓流が見られます。台風の時期は川が増水して危険ですがこの時期なら雪が積もっていなければ簡単に渡れます


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そして、道幅が狭く雨で崩れた悪路を進むと古びた建屋がありました。
これが時山第一発電所の建屋のようだ。

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さっそく内部に入ると、薄暗い雰囲気の部屋が待ち構えている。
ブルーシートがあるのは残念だったけど落書き防止であるとか聞きました

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ここから2キロ進んだ先にある時山第二発電所だと有名なメットおじさんの落書きが有名ですがこれは2010年に描かれた物らしい。

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時山第一発電所の内部には当時使われていたテレホンボックスやタービンが残されている。

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1番目を引いたのがカタツムリ型の渦巻きポンプ、これもブルーシートで覆われて管理されていたが殆ど剥がされている。

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当時はこの機械で水を吸い上げて発電を行っていたそうです。横にあるタービンは全ての機械をまとめて発電する装置なのかもしれない。

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碍子と計器類が沢山着いた配電盤。
配電盤付近に「逆電するな!」と書かれた当時の板が落ちていました

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帰り道に橋を渡ったすぐ先に「白石」と書かれた石柱を発見。これは入口にあった石碑と同様にここが廃墟になった今でも白石工業の物であると現す重要な石柱だと推測できる。

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今回は時間の都合と天候が悪化したので白石鉱山跡と時山第二発電所には行かなかったのですが、また行く機械があればリベンジしたい。
白石鉱山はあのまま解体されて無ければっと言う無念な気持ちでいっぱいだったけど、今回は白石鉱山と繋がりのある廃墟に行けて良かったなとしみじみ思いました。

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